女子の理数離れ

小学生段階からすでにその兆候が見られているそうだ。私には総合的な言い方ができないかもしれないが,一つには高等学校での過度の英語偏重の教育も関係するかと思う。例えば高校生が「プレートテクトニクス」を知らなかった。地震大国の由来や日本列島の生い立ちに興味を開かれる機会がなかったと思う。地学の話は別世界の話のように聞こえているのだろう。

ブラタモリ」という貴重な番組がなくなってしまった。

優秀な成績で大学を卒業したであろうアナウンサーたちはタモリさんの「博識」に驚いていたが,私から見れば中学生・高等学校レベルの時に基本的な地学や自然地理を学んでいればそこまで驚く必要はないはずだと思う。そう言う訓練が基本的にされていない。

先日、十日市場まで自転車で小1時間ペダルを踏み続けて足の裏に地面の起伏を感じるのがとても心地よかった。なぜここの坂は上がっているのだろう。下り坂を下りていけば、そこに疑問が湧いてくる。それはたまらなく楽しい受験勉強の中でこういう部分が切り落とされていないだろうか。それは文学作品に触れても、芸樹作品に触れても同じことが言えると思う。

将来のため英語教育をというのが行き過ぎていないだろうか。

本当に将来、外国勤務となった時に本当に語学学習さえしていればいいのだろうか。

塾も文系となった時、やたらと語学に固執している。もっと広い視野で考える訓練が必要なのはそういう興味も持たずに育てられてきたのだろう。