昭和歌謡

正月番組を見ていると、やたらと昭和を懐かしむ歌が並んでる。私は素直になつかしめない。それは2つの出来事が原因だ。

最初のきっかけはある大物歌手が「演歌は日本の心です」と発言した。それがとても許せなかった、すでにその当時、日本の音楽界にはさまざまなジャンルの曲が流れていた。そのあまりの傲岸不遜な態度に嫌悪感を感じ、演歌なんて無くなってしまえ、と思った。現実に現在の演歌の世界はほとんどゲテモノの世界でとても音楽性は失われている。最たるものはけん玉をしながら歌を歌っている演歌歌手となると歌の価値はどこにあるのかわからない。もう一つ、決定的な出来事が沢田研二が「勝手にしやがれで」レコード大賞候補に上がっていた年、楽曲から見ても、この曲がこの年を代表する曲だと確信して、レコード大賞を見ていた。ところがレコード大賞ピンクレディーに決まってしまった、確かにオリコンなどの売り上げなどを見れば、ある程度、売れているな、という認識でしかなかった。「UFO」や「透明人間」など幼稚園児の学芸会の歌にしか評価していなかった。何か変な力が動いているのを感じた。そして、これらの曲の作詞をしていた阿久悠を嫌悪した。気難しい顔をしながら、こんな詩を作るのか、つまり売れればいい路線の人間であることが露呈した。時代が移り、松本隆などの作詞家の名曲がこうした曲を駆逐していった。そういう意味で日本のアーティストたちを停滞させた張本人たちだと思った。

今、デイサービスでカラオケ大会になると、こうした曲がつぎ次々と歌われる。この人たちは本当の音楽を知らない可哀想な人たちだと、私は見ている。結局、「見上げてごらん夜の星を」を歌った私が昔の最高点で優勝した。

そういう歌謡曲という名の音楽の不毛な時代を作ってしまった音楽業界を今でも嫌悪しているし、一連のジャニーズ事件もこうした流れの中の一角だと思う。この業界の人たちはいい音楽を作ることよりも儲かる歌を作り続ける業界の体質がある限り、まだまだ膿は出てくると思う。

しかし、YMOなど世界の先頭を行くアーティストもいたことも事実である。ただ、昨年は坂本龍一を亡くし、財津和夫もマイクを置いてしまった。これからの日本にはどんな音楽が流れるのだろう。

一方で同年代の石川さゆりがジャズが歌えるようになった。中学校時代、横浜の城郷中に在学していた時の音楽の先生が「あの子はどんな歌を歌わせても、こぶしが回ってしまう」ということで、素直な歌唱や発声ができなかったエピソードを直接伺っている。本人もその後、大変な努力をして基本を学び直したと思う。