可哀想な歴史教育

神奈川選挙区選出の参議院議員でトップ当選を果たしている女性議員は神武天皇は存在したから始まり、国会という最も公的な場で「八紘一宇」という言葉を使い、野党議員を威嚇する態度を示した。こうした発言にどういう意味があるか、ましてや公人として許されないということを理解していない。ドイツで言えば議会で「ハイルヒトラー」と言っているのと同様の発言であり、懲罰問題になりかねない発言である。

原因は歴史教育が尻切れ蜻蛉になって現代史を学習する機会がないことである。

そういう意味で偏った歴史観に簡単に染まってしまう。

はっきり言って社会科教員の勉強不足が原因である。教科教育の研修に十分な時間が割けないほど教員が多忙である。

特に部活動の顧問だけでも苦しがっているのに、選手育成などのさまざまな部活動に関わる仕事が中体連を通して、役員へ降りてくる。もちろんボランティアである。その皺寄せが教科教育の研修に割く時間をどんどん削っている。

特にある学校で1年生の歴史を担当した時、テスト問題を作ろうとしても、範囲までの学習まで間に合わないベテラン教員の存在がネックだった。年間を通した見通しのない授業をこの教員はずっと繰り返してきたのだろう。しかもそういうことへの反省は全く感じられなかった。

現代史を語れない社会科教員に歴史教育は無理である。なぜ高等学校で歴史総合という教科ができたというと18世紀以降の世界史、日本史の学習をすることが目的なのに、なぜ人類の誕生から授業を始めてしまうのだろう。これは高等学校の教育課程の勉強不足からくるのである。現代史にはどうしても党派性が絡んできてしまうのが教員は怖いのである。例えば第二次大戦後、アメリカを吹き荒れたマッカーシーの「赤狩り」など、まったく不毛な歴史があることを多くの学生は学んでいない。だから杉田水脈議員のような確信犯的差別主義を標榜する議員の存在が許され、多くのフォロワーが存在してしまう。彼らの論理はすでに破綻していることがわからない人々が多い。首相自ら、そういう人間を政府の要職につけてしまっていることは首相も同罪である。一番の原因は政権交代がないこと、世襲議員が許されていること(世襲議員の弊害について、イギリスでは100年前に、世襲議員を認めないことをきめている).、ではなぜそれができないのか?そこには地元の利権構造が深く関わっているからである。オリンピックでの電通をはじめとする、利権あさりははかなり酷かった。それを当たり前の社会にしていればどうなるか、伝える必要が今こそ必要ではないのか。