中体連の矛盾

私は少なくとも教師人生を短命にさせられたのは中体連の存在です。教師として学校内で頑張れる人生が開けていたと思います。あれだけの事務量をこなしながら、プログラムをつくります。そして、部長の先生からA41枚渡されます。知らない名前がずらっと並んでいます。私の知った名前はありません。プログラムの中の選手一人一人の名前を間違いなく入力するわけにはいけないのです。プログラムは本人だけでなく、親にも宝物なのです。しかし、そういう事務を誰が私に押し付けたのですか?それもボランティアとして行いました。パソコンもプリンターもコピー用紙もコートサイドのカゴ、その他、さまざまな物品は私の私物でした。どこにも請求先がありませんでした。

なぜ神奈川県は年に何度も合宿ができたかわかりますか。しかも、山のように積み重ねられたポカリスエットやエネルゲン。何があったかわかりますか。関東大会、全国大会の参加チームの宿舎の確保はどうしたかわかりますか。もし、自分たちがそういうイベントを打つとしたらどうなりますか。誰が動いていたかわかりますか。

神奈川県内の地区大会の結果の集約。さらに関東大会、全国大会の参加名簿の作成とプログラム作成。誰がやっていたのですか。

私の仕事は大会の何ヶ月も前から始まってました.

役員といってもほとんど名前だけの人もおおくいましたが…。それだけ頑張っているのに自分の生徒がコートを踏んでくれるかどうか、私の立場ならどう思いますか。創造できますか?

まして、たまたまスポーツ少年団出身の生徒がいたおかげで上位まで勝ち進んでしまうチームがあります。そこで監督席の顧問が試合も見ずに文庫本を読んでいる姿を見た時の私の気持ちわかりますか。

絶対叩き潰してやる。相手の選手には罪はありませんが、顧問は許せません。絶対に叩き潰してやる。

浜中独自の合宿の尾瀬で実施しました。あの忙しい中で探せるか?日吉台でも尾瀬合宿がつづきました。どういう秘密があったとおもいますか?

負けたくないじゃないですか。あれだけ苦労しているだけ絶対負けたくなかった。しかし、コートサイドに行けない。

地区からの名簿の連絡が遅れるとすぐに文句を言ってました。私は嫌われ続けたと思います。

平木先生の後、横浜の日達先生が引き継ぎました。よく「金剛地先生は存在感があるから…。」と言われてもちっとも嬉しくなかったです。

集中治療室から復帰して、いつの間にか役員から外れてた。20年の苦労は誰がわかってくれていたのだろう。新たに県の部長になった畔上先生が合同練習に伺った時、山ほどジャスミン茶を用意して待っていてくれた。それくらいです。抽選会では3Nと呼ばれた女性顧問が大きな顔をしてました。

潮時でした。

 

ちょうどYouTubeのABEMA NEWSで「子どもの全国大会が必要か?」「子ども頃は負けた方が良い。それが情熱になる」をテーマにサッカーの本田圭佑、柔道の山口香プロ野球古田敦也。駅伝の青山学院の原晋監督、教育関係のNPO代表が激論をいました。いろいろな意見がありました。

 

私から見れば誰が運営するのですか。スポーツ庁はいつまて教員に丸投げふるのでふか?そして、一部の、教師にふたんさせつづけていぬのめふか。

 

お金の話で恐縮ですが、わたしが教員になっな頃、休日に一日部活に付き合って700円でした。その後、1100円まで上がりました。それだけです。

 

誰が部活の顧問を、やりたいですか。、、